yoo bird diary

yooが自由気ままに書くブログです

人の器

器の大きい人、反対に、器の小さい人って、よく言われる言葉ですが、

そもそも、器って何なのか?

器って言うぐらいなので、入れ物の例えなのでしょうけれども、
私は、人やものごとの事実を、そのまま受け入れられる度量の大きさなんだと思っています。
人対人の場合であれば、目に見えない感情を受け入れる力。

受け入れる度合いの単位、メモリの刻まれた入れ物が器なんだと思っています。
与える力の反対である、受け入れる力。

それを、入れ物イコール器に例えて、そのメモリが多い容量の入る入れ物を持っている人は、器が大きく、反対に、入れ物の容量が小さい人は、器が小さい人。

細かいことを気にしない大雑把な人が、器が大きい人ではなく、細かいことに気づいても、それが相手にとって、自分で考える問題であったり、自分で気づくことであれば、あえて、言葉を飲み込む力。

プラス思考の人が器が大きいのではなく、自分の中にあるマイナスな感情も認めて、受け入れる力。

自分の欠点や間違いを、認め、受け入れる力。この力があるから、相手の欠点や間違いも受け止められるんじゃないでしょうか。
ただ単に、見てみぬふりして流す力、スルー力ではありません。

器の大きな人と聞くと、男性をイメージする人もいるかと思いますが、男性女性に関係なく、包容力がある人、包み込んでくれる優しさを感じられる人っていますよね。それも、受け入れる力だと思うのです。

経験によって、器が大きくなっていくと聞いたことがあるかもしれません。
大きな問題を経験をしたからといって、正比例して、大きな器になっていくかというと、周りを見渡しても、そうでもないようです。

自分と向き合わず、誰かのせいにしたり、見てみぬふりをしていたら、さらに、大きな問題がきたり、問題が複雑になってしまいます。

日ごろから、問題の大小にかかわらず、小さなことでも、そのまま向き合い、受け入れること。

こんな風に器について書きつつ私も、自分の周りで起こる出来事を振り返って、「あー、まだまだ私も、器が小さいよなー」と思ってしまいます。この、「私も器が小さいよなー」の気持ちを、まずは受け入れることが、器を大きくしていくんでしょうね。