yoo bird diary

yooが自由気ままに書くブログです

一番大事なこと

今の現状を何とかしたいという気持ちで焦っていた時は、

自分の人生をどう生きるか=職業と、誤解していました。
自分には、どんな仕事ができるんだろう、どんな仕事が向いているんだろうと。

もっとさかのぼって、学生の頃から、勘違いしていたんでしょうね。
仕事をする時間が、人生の中で長いこともあって、いつの間にかすり替わってしまったのかもしれません。

将来、どんな職業につきたいか
将来、どんな人にでありたいか
将来、どんな人生を送りたいか

将来、どんな人になっていて、どんな人生を送っていたいか。
自分がどう在りたいかということ。

自分の芯とでもいうのでしょうか。
自分の核とでもいうのでしょうか。
絶対、ここは譲れないっていうところ。
どんな職業についても、自分がどうであるかは、変わりません。

どんな人でありたいか、どんな人生を送りたいか、そこから、どんな職業を選ぶか、どんな人と結婚するか、などなど、いろんなことが起こってくる。

人生は流れで、縁と運もあると思うのですが、自分はどうでありたいか、しっかり自分の中で感じ取れていたら、自分の思うような人生が描かれるのでは…

人生は、選択の連続です。
日々、どれを選ぶかで、1年後、3年後、5年後と違った人生を送ることになります。
そして、毎日は積み重ねなので、10年後、20年後、30年後は、もっと大きく変わることになります。

大切なのは、世間の基準ではなく、自分の基準。
心の底から、本当に自分がそう思っているのかということ。

それには、しっかりと自分と対話すること。
自分は、どう思っているのか。
自分と向き合うということ。
そこが、一番大事なんじゃないかと思います。

やりたいことは何?

私は、ずっと、やりたいことが分かりませんでした。

なので、ずっと探していました。

やりたいことが分からない人、多いですよね。

私は、やりたいことが分かっている人と、分からない人は、周りを見ていて、子どもの頃からの生き方が違うのではないかと思っていました。

例えば、進学する学校を決める時、自分が将来なりたい姿を描いて選ぶか、それとも、世間の評判がいいから選ぶかとでは、まったく違います。

親の教育方針や、学校教育、社会の仕組み…などもあるのでしょうが、今、大人になってから、やりたいことが分からないことを、親や学校や社会のせいにしてもはじまりません。

まずは、そんな生き方をしてきたんだと、受け入れました。自分を責めるのではなく、認めました。その位置に立ってはじめて、じゃあ、これからどうしていこうかと、思えました。

尊敬する人に、「毎日の中の小さな選択、お昼ごはんに何を食べるかにしても、本当に心から欲しいと思うものを、真剣に選ばないと、やりたいことなんて分かりませんよ」とアドバイスされました。

やはり、毎日の小さな積み重ねが、大事なんだなと。

実際に、色んなことをやってみないと、それが好きか嫌いかも分からないし。
あと、頭で分かるものではないのだなということ。

好きな食べ物は何?と聞かれたとき、頭で考えて答えるものではありませんよね。
じつは、ぜんぜん分からなかった時は、頭の中で考え、ひねり出そうとしていました。
好きなことって、感じとるもの。
そして、心の底から、本当にそう思えるかどうか。

自分のやりたいことは、外に探しに行っても、なかなか見つからないと思います。
私は、答えを外に求めていた期間が長かったので、それは、自信をもって言えます(笑)

外に、答えはないけれども、色んな人の話しを聞き、色んな本を読み、色んな体験をしてみるのは、とても良いことだと思います。
それを、どう感じるか。やりたいことは、自分の内側で感じとるものなのですから。

あと、人それぞれ、やりたいことというのは、深さが人によって違うのだなと。
私の目指しているレベルは、けっこう、深いところのようで。
ようやく、最近、ぼんやりですが、輪郭がつかめてきました。

私は、分からなかった時間が長かったので、つかめるようになるまでも、かなり時間がかかりました。もがいて、あきらめないというのも、必要なのかも(笑)

いつも、何を大事に思っているのだろうと、自分が大切にしたい価値感を、つかんでいけば、もっと、人生に幅と奥行きが出て、毎日が充実していくのではないかと思っているのです。

人の意見はどう聞くか?

自分に聞くしかないと言っておりますが、私も人の意見を聞いたり、アドバイスを求めたり、占いを観てもらうことは、よくあります。

周りの人がいて、自分がいるので、自分を知るには、周りの人を見たり、どう考えているかを知ることは、とても大事だと思っています。

例えば、占い。本格的な四柱推命を観てもらったことがありますが、どうしてここまで分かるんだろう?と、驚くほど当っていました。

四柱推命は、統計学ということなので、驚くことではないのかもしれませんが、先人の知恵というのは、年月とともに研ぎ澄まされていくんだろうし、とても深くて凄いと感じました。

また、人の意見やアドバイスもさまざまで、こういう考え方もあるのかと気づいたりすることもあったり、その人の、人となりが見えたりすることもあったりで、とても勉強になることもあります。

それを、どう取り入れるかどうかは、自分次第。人の意見やアドバイス、情報をそろえてから、じゃあ、そこで、自分はどうなんだろうと決める。

あくまで、主導権は私です。
だって、自分の人生なのですから。

ここで、自分の意思を入れず、自分でよく考えず、自分と向き合わず、占いや人の意見を鵜呑みにしてしまうと、あとあと、こんなはずではなかったのに…と、人のせいにしてしまう。

私も、人のせいにして、自己嫌悪におちいることもありました。
完璧な人はいないと思うので、そういうことは、誰にでもあると思うのですが、その場面になった時、その事実だけを、フラットな心の目をもって、自分の奥を見て、自分は本当はどう思っているのか…。

自分で納得して決めたことであれば、もし、結果が悪かったとしても、その時に感じることや、ものごとの受け止め方が、ぜんぜん違うと思うのです。そして、その経験は、後々、別の形、別の場面で活かされてくる。

自分の人生を生きるというのは、小さくても大きくても、そういうことの積み重ねなのではと思うのです。

誰とつながりたいか?

では、よい人生を送るために、

つながれるのだったら、誰でもいいのか?
多ければ多いほどいいのか?

私は、そうは思いません。

気の合う人とつながりたい。
話の合う人とつながりたい。
居心地がよい人とつながりたい。
一緒にいて楽しいと思う人とつながりたい。
一緒にいて成長できる人とつながりたい。

そんな人は、誰?どこにいるの?

自分にとって、気の合う人とはどんな人?
自分にとって、話の合うひと人って?
一緒にいて、誰といるのが居心地がいいんだろう?

これまで、一緒にいて楽しいどんな人だったか?
話しが合う人って、どんな話しで盛り上がったんだろう?
一緒にいて、居心地よかったひとって、誰だったんだろう?

しっくりくるのは、どれくらいの人との関わり?
しっくりくるのは、どれくらいの距離感?

こればかりは、自分でないと分かりません。

やっぱり、答えは自分の中にあるのですよね。
自分に聞くしかありませんよね。

誰かとつながりたい

そんな中、妊娠7ヶ月の時に、夫が東京に転勤になりました。

東京に引っ越し、新しい生活が始まり、出産しました。

まったく初めての街で、初めての子育て。
もう、無我夢中でした。
なかなか寝てくれないし、夜中も何度も起きるし、睡眠時間が細切れなタイプ。
ずっと抱っこしていないと泣くので、一日中、抱っこやおんぶで過ごす日々。
くじゅくじゅの湿疹だらけの顔で、検査してみると大豆、卵、牛乳、小麦がアレルギー検査にひっかかる。
しかも、頭に大きな苺状血管腫があり、それも日に日に大きくなっていくので、とても心配しました。

夫は、平日は仕事で、早朝に出かけ、夜遅くまで帰ってこない。
私は子どもと二人、とても孤独を感じていました。

抱っこが好きなタイプで、どうしても、ベビーカーに乗ってくれなので、スリングで抱っこして移動していました。
でも、重くて、抱っこで出かけるのは大変なのにもかかわらず、無理して、公園に行ったり、児童館のベビークラスに行ったり、電車に乗ってデパートに行ったりしていました。

同じマンションの人たちが声を掛けてくれて、初めて東京で友達ができた時は、本当にうれしかった。

子どもを産んでから、初めて思いました。
人は、一人では生きられない。

こんな当たり前のことが、子どもを産むまでの私には、分かっていなかった。
とても、傲慢でした。

私は、大勢の友達と、浅い関係でワイワイ騒ぐより、少人数でじっくり付き合うのが好きなタイプ。
縛られるのが好きではなく、一人で行動するのが好き。
私の幼少期、母との関係にもあったのだと思います。

一人でも生きていけると勘違いしてました。
しかし、一人でも大丈夫なのは、帰る場所があるからで、決して、孤独が大丈夫な訳ではありません。

誰かとつながりたい。
社会とつながりたい。

妊娠・出産にしても、そうです。
ひとりで、妊娠・出産なんて、そんなこと絶対にできません。

仕事にしても、私は夫と二人で、ネットショップを運営していますが、見えない後ろ側には、とてもたくさんの協力してくださる方がいます。

やっぱり、人とつながれる人生は、よい人生だなと思うのです。

焦る毎日、どう生きるか

私は、これからどんな風に生きたいのかと、試行錯誤しはじめた私は、自己啓発書の類を読み始めるようになりました。

あまり難しい本は読むのが嫌だったので、ライトな本を、手当たり次第に読んでいました。
今、思うと、外に答えを求めていたんですね。
そんなもので、見つかるはずもなく。

夫は、全国に転勤する可能性のある仕事だったため、私もできる限り、一緒に付いて行こうと決めていました。
前職で、人間関係に悩んだこともあり、できれば、家でひとりで出来る仕事がいいなぁ、どこに転勤になっても続けられる仕事ができればいいなぁ、そんな理由で、たまたま近所で募集していた和裁を始めました。条件だけで、着物が好きな訳でもなく、志もなく、何年もかかって一人前になる仕事が上達するはずもなく、半年であっけなく挫折。
なんて、浅はかな私…と、とてもヘコみました。

あんなに、専業主婦がいいと思っていたのに、あれはただの無いものねだりだったのか?
パートの仕事に行っても、長続きせず、なんてダメなんだろう?と自分を責める日々。
人生は、有限なんだから、もっと生きがいのある仕事をせねば!と、とても焦る日々。
私には、コレという特技や専門的な資格など何も無いと、自己卑下する日々。
独身の頃に働いて貯めたお金は減る一方。
当たり前ですね、入ってこないんだから(笑)

ただ、今の現状を何とかしたいという気持ちだけは、ずっと持っていました。

命には限りがあると気づかせてくれた日

20代の頃の私は、メーカーで営業事務をしていました。仕事は大変だし、仕事が大変な割には、給料は安いし、「あー、早く結婚して、専業主婦になりたい」と思っていた私は、28才の時、めでたく結婚退職し、憧れの専業主婦になりました。

ですが、結婚して間もなく、思いもよらないことが起こりました。
夫の会社の後輩君が、仕事中、営業車に乗っていて交通事故で亡くなったのです。

後輩君は、関東の人だったのですが、関西の支店に配属になり、そこで、同じ部署の夫と仲良くなり、関東から来た後輩君の奥さん、結婚前の私たち4人で、旅行に行ったり、よく遊んでいました。

事故があった夜11時頃、後輩君の奥さんから連絡があり、電話口の彼女はパニック状態で、私たちは、すぐに警察に駆けつけました。
会社の上司も駆けつけ、翌朝、後輩君の家族と彼女の家族が、こちらに到着するまで、近くの得意先の社長宅で待つことになりました。彼女と私は女性同士ということで、一つの部屋で二人で休むことになりました。

とにかく、これからがあるので、布団を引いて寝ようと、一つの布団で二人で横になりましたが、寝れる訳もなく、彼女の言葉に相づちを打つだけ、こちらから何を話しかけていいか分からず、彼女のすすり泣く声を聞きながら、自分の無力さと居心地の悪さに、今、振り返っても、朝まで、あんなに時間が進むのが遅く感じられたことがありませんでした。

祖父母の死は、経験していたし、人間は、いつか死ぬということは分かっていたけれど、当時29才だった私は、そのいつかは、まだまだ先で、どこか他人事のような気がしていました。
とても身近な人の死。しかも、自分より若い。
翌朝、夫から聞いて、お通夜、お葬式に行っただけだったら、ここまで深く考えなかったかもしれません。

のんきに過ごしていた新婚生活は、一変し、寂しさと言葉にできないどんよりした気持ちが押し寄せました。
本当に正直なところ、なぜ、このタイミングに死ぬの?とか、なぜ、こんな経験をしなくてはならないの?と思いました。
月日が流れ、だんだん落ち着いてくると、命には限りがある。
私はこれから、どんな風に生きて行きたいんだろうと本気で考えるようになりました。
そして、とても貴重な経験をさせてもらったと思うようになりました。